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シャケトラとヒシアマゾン死亡に思う。

今日は競走馬の訃報が相次いだ。

「シャケトラ号が死亡」
「ヒシアマゾン号が死亡」

まず、来週の天皇賞(春)の有力馬の一頭であったシャケトラが、今朝の調教中に故障を発症し(開放骨折)、安楽死処分が取られた。
シャケトラはデビューは3歳の6月と遅かったが、そこから6戦目には日経賞を制して素質の高さを見せた。
その後は不振に陥り、故障もしたが(今回骨折した箇所)、今年のAJC杯で1年以上の休み明けで勝利して鮮やかに復活。
そして先日の阪神大賞典も楽勝していざ天皇賞(春)へ、というところでこのアクシデントである。
正直、シャケトラには思い入れも馬券でお世話になった記憶も無いが、こういうアクシデントは悲し過ぎます。

そしてヒシアマゾンだが、まず「28歳」という年齢に驚いた。長生きしたなあ・・・。
アマゾンは、3歳時(今で言うところの「2歳」)に阪神3歳牝馬Sを制してG1馬となったが、当時は外国産馬はクラシックに出走できない為、桜花賞などには出走できなかった。
というわけでクリスタルCやニュージーランドTなどに出走して勝ちまくった。中でもクリスタルCの「絶望的な位置からの差し切り」は今見ても驚く。

4歳の秋は、エリザベス女王杯(当時は4歳牝馬限定戦)でオークス馬のチョウカイキャロルとの激戦をハナ差制して「世代No.1牝馬」を改めて立証した。
そして驚きだったのは、その後に出走した有馬記念でナリタブライアンの2着に入ったこと。当時は「牝馬が牡馬との混合の中長距離のG1で好走する」なんてことはほとんど無く、それを4歳牝馬がやってしまったということに衝撃を受けた。

翌年の秋もオールカマー~京都大賞典を制して挑んだジャパンカップでランドの2着に健闘。
日本馬の牝馬でジャパンカップを連対したのはこれが初めてだったはず。ただ、これで燃え尽きたのか、以降は馬券に絡むことも無く競走馬生活を終えた。

繁殖に上がってからはアメリカに渡ってアメリカの種牡馬をつけたが、強い馬は出せないままに終わった。
て言うか、素直に日本でサンデーサイレンス、トニービン、ブライアンズタイムをつけて欲しかった。これは今でも悔やまれる。

まあ、馬券的にはあまりお世話になった記憶は無い。ほんと、憎たらしいぐらいに強かったからなあ・・・。

1993~1996年という、自分が競馬を始めて数年の頃の馬が死ぬというのは、最近の馬が死ぬのとは別の悲しみがある。

安らかに眠って下さい。
合掌。

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